同志と共に

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国府入道殿御返事こうにゅうどうどのごへんじ

あまのりのかみぶくろ二つ・わかめ十でう・こものかみぶくろ一つ・たこひとかしら。 人の御心は定めなきものなればうつる心さだめなし、さどの国に候いし時・御信用ありしだにもふしぎにをぼへ候いしに、これまで入道殿をつかわされし御心ざし・又国も・へだたり年月もかさなり候へば・たゆむ御心もやとうたがい候に・いよいよ・いろをあらわしこうをつませ給う事・但一生二生の事にはあらざるか、此の法華経は信じがたければ仏人の子となり父母となり女となりなんどしてこそ信ぜさせ給うなれ、しかるに御子もをはせず但をやばかりなり、其中衆生悉是吾子の経文のごとくならば教主釈尊は入道殿尼御前の慈父ぞかし、日蓮は又御子にてあるべかりけるが、しばらく日本国の人をたすけんと中国に候か、宿善たうとく候、又蒙古国の日本にみだれ入る時は・これへ御わたりあるべし、又子息なき人なれば御としのすへには・これへと・をぼしめすべし、いづくも定めなし、仏になる事こそつゐのすみかにては候いしと・をもひ切らせ給うべし、恐恐。