文応元年太歳庚申にこれを勘える。正嘉よりこれを始めて文応元年に勘え終わる。
去る正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の尅[午後九時ころ]の大地震を見てこれを勘える。その後文応元年太歳庚申七月十六日をもって宿屋禅門を通じて故最明寺入道殿に奉った。その後文永元年太歳甲子七月五日大彗星の時、いよいよこの災いの根源を知った。文応元年太歳庚申より文永五年太歳戊辰後の正月十八日に至るまで九ケ年を経て、西方大蒙古国より我が日本国を襲う旨の牒状が渡ってきた。また同六年重ねて牒状が渡された。既に勘文はこれに的中する。これに準じてこのことを思うに、未来もまた然るべきであろう。この書は現証を示す文である。これはひとえに日蓮の力ではない。法華経の真文の感応のいたすところであろう。
文永六年太歳己巳十二月八日これを写す。
正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の時[午後九時ころ]前代を超える大地振がおこる。同二年戊午八月一日大風・同三年己未大飢饉・正元元年己未大疫病・同二年庚申四季にわたって大疫がおさまらず、万民は既に大半を超えて死を招き終えた。その間国主はこれに驚き、内・外典に命じて種々の御祈祷を行われたが、一分の効き目も無く、かえって飢疫等は増長した。
日蓮は世間の状態を見て、ほぼ一切経を勘えたところ、御祈請では効果はなく、かえって凶悪を増長するとの結論を道理と文証から得た。ついにやむにやまれず勘文一通をしたためた。その名を立正安国論と号した。
文応元年庚申七月十六日辰時屋戸野入道を通じて古最明寺入道殿に奏進申しあげた。これはひとえに国土の恩を報じるためである。
その勘文の趣旨は、日本国・天神七代・地神五代・百王百代のうち、人王第三十代欽明天皇の時代にはじめて百済国より仏法がこの国に渡り、桓武天皇の時代に至るまでその間五十余代・二百六十余年であった。その間には、一切経並びに六宗はあったが、天台・真言の二宗はまだなかった。桓武天皇の時代に山階寺の行表僧正の御弟子に最澄という小僧がおり、後に伝教大師と号した。以前に渡っていた六宗並びに禅宗を極めたが、まだ自分の意にかなわず、聖武天皇の時代に大唐の鑒真和尚が伝えた天台の章疏を、四十余年を経て以降はじめて、この最澄が披見し、おおよその仏法の奥底を覚った。その後最澄は天長地久のために延暦四年に比叡山を建立した。桓武皇帝はこれを崇めて、天子本命の道場と号し、六宗への御帰依を捨てて一向に天台円宗に帰伏された。
同延暦十三年に長岡の京を遷して平安城を建てられた。同延暦二十一年正月十九日高雄寺に於て南都七大寺の六宗の碩学である勤操ｺﾞﾝｿｳ・長耀ﾁﾖｳﾖｳ等の十四人を召し合わせ、勝負を決談した。六宗の明匠は一問答にも及ばず、口を閉ざすことは鼻のようであった。華厳宗の五教・法相宗の三時・三論宗の二蔵・三時の所立が破られ、ただ自宗を破られるだけではなく皆謗法の者であることを知った。同じく二十九日皇帝は勅宣を下してこの者たちを責めたので、十四人は謝表を作って皇帝に捧げ奉った。
その後代々の皇帝の比叡山に対する御帰依は、孝行の子が父母に仕えることを超え、民衆が王威を恐れるよりも勝れた。
ある時は宣明を捧げ、ある時は非をも理とされたという。ことに清和天皇は比叡山の恵亮和尚ｴﾘﾖｳﾜｼﾞﾖｳの法威によって位につき、帝王の外祖父・九条右丞相は誓状を叡山に捧げた。源の右将軍は清和の末裔であるが、鎌倉の御成敗の是非は論じないが、比叡山に違背している。これは天命を恐れない者か。
さて、後鳥羽院の時代・建仁年中に法然・大日といって二人の増上慢の者がいた。悪鬼がその身に入って国中の上下万民を誑惑し、代を挙げて念仏者と成り、人毎に禅宗に趣いた。そのため思いのほか山門に対する帰依は浅薄となり、国中の法華・真言の学者たちは放置されてしまった。故に比叡山を守護する天照太神・正八幡宮・山王七社・その他国中の守護の諸大善神は法味を味わうことができず、威光を失って国土を捨てて去ってしまった。悪鬼は便りを得て災難をおこし、その結果他国からこの国を破るべき前兆となった。これが勘えるところである。
またその後文永元年甲子七月五日、彗星が東方に出て、余光は大体一国土に及んだ。これまた世が始まって以来無かった凶瑞である。内・外典の学者もその凶瑞の根源を知らない。私はいよいよ悲歎を増長したのである。
さて勘文を捧げて以後九ケ年を経て、今年の正月大蒙古国の国書を見るに、日蓮の勘文と合致することはあたかも符契のようである。
仏は記された。
「我が滅度の後百余年を経て阿育大王が出現し我が法を弘めるだろう」と。
周の第四昭王の時代に、大史蘇由が記した。
「一千年後に仏法がこの国に伝わるだろう」と。
聖徳太子は記された。
「我が滅度の後二百余年を経て山城の国に平安城が立つだろう」と。
天台大師は記された。
「我が滅後二百余年後、東国に生れて我が正法を弘めるだろう」と。
すべて的中して事実となった。
日蓮は正嘉の大地震、同じく大風、同じく飢饉、正元元年の大疫等を見て予言した。他国がこの国を破る先相であると。自讃のようであるが、この国土が敗れるならば、仏法の破滅も疑いないのである。
しかし今の世の高僧等は謗法の者と同意の者であり、また自宗の奥底を知らない者である。このうえ勅宣御教書を賜ってこの凶悪を祈請するならば、仏や神はいよいよ瞋恚をまして国土を破壊することは疑いないことである。
日蓮はまたこれを対治する方法を知っている。比叡山を除いて日本国ではただ一人である。たとえば太陽と月が二つないようなものである。聖人は肩を並べないからである。もしこの事が妄言ならば日蓮が持つ法華経守護の十羅刹の治罰を蒙るであろう。ただひとえに国の為、法の為、人の為であって、自分自身の為にこれをいうのではない。
また禅門に対面してこのことを申し上げる。これを用いなければ必ず後悔するだろう。
恐恐謹言。